浦和地方裁判所 平成10年(わ)262号
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官菅野俊明、弁護人鈴木克巳出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年及び罰金五〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判が確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、埼玉県川越市大字小ケ谷二五三番地に居住する者で、平成四年中に被告人が所有又は共有する土地を売却譲渡したものであるが、埼玉県部落問題研究懇話会会長野本勝彦らと共謀の上、被告人の平成四年分の所得税を免れようと企て、右の土地譲渡について、架空の譲渡費用を計上する方法により所得を秘匿した上、被告人の平成四年分の実際の分離課税の長期譲渡所得金額が二億七三二八万六三七七円であったにもかかわらず、平成五年三月一〇日、同市三光町三六番地の一所在の所轄川越税務署において、同税務署長に対し、被告人の平成四年分の分離課税の長期譲渡所得金額が一億四八二八万六三七七円で、これに対する所得税が二六二九万三八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額四七二九万三八〇〇円と右申告額との差額二一〇〇万円を免れたものである。
(証拠の標目)
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する平成一〇年一月二四日付(九丁のもの)、同年二月一一日付(七〇丁のもの)、同日付(一一丁のもの)、同日付(一項が「私は、父から」で始まるもの)、同日付(一項が「私は、平成四年分の」で始まるもの)の各供述調書
一 大澤三千雄、内田婦美子、野本邦雄、國保實(二通)、富永喜一郎(二通)の検察官に対する各供述調書
一 鍋倉美香、新井謙一の検察官に対する各供述調書謄本
一 検察事務官作成の電話録取書
(事実認定の補足説明)
被告人は、公判廷において、同和団体を通じて所得税の確定申告をすれば、所得税を過少に申告することが法律上認められていると思っていたとも供述するので、被告人において所得税を免れる故意を有していたと認定したことについて補足説明をする。
そもそも、同和団体を通じて確定申告をすれば同和関係者でない者も減税措置を受けられるということ自体、不合理、不可解であって一般の常識を有する者であれば、そのような確定申告が脱税を企図したものであることに気付くのは困難ではないと考えられるうえ、被告人の供述によれば、被告人は、平成四年一二月ころ、國保實から「同和関係の会員になり、同和の会を通じて所得税を確定申告すれば税金が安くなる。」という話を持ちかけられた後に、大澤三千雄税理士にそのよう会を通じて申告すれば税金が安くなることがあるのかどうかを尋ねて、大澤税理士が調査のうえ「そんなことはないみたいだ。」と回答をしていたというのであるから、税理士からこのような回答を受けながら、その後も、ただ「同和の会を通じてやるから、間違いはないんだ。」と申し向けるのみで、税金が安くなる具体的な理由を説明しない野本勝彦や國保實らの話を信じ、同和の会を通じて申告すれば適法に減税措置が受けられるものと思っていたという被告人の弁解は到底そのままには信用できない。加えて、被告人は、捜査段階では一貫して本件確定申告が脱税にあたることを認識していたことを認める供述をしており、公判廷においても、ほ脱の故意を否認するかのような供述をしながらも、一方で、弁護人に脱税である可能性は認識していたのではないかと問われればすぐさまこれを認める供述をするなどその供述を変遷させている。以上からすれば、被告人の、脱税であるという認識がなかったという供述は信用できず、被告人は、本件所得税確定申告において、違法な方法で申告を行うことで所得税を免れるものであることを明確でないにせよ認識していたものと認めることができる。
なお、被告人は、架空の経費を計上する方法で確定申告書を作成するとは知らず、これらの方法はすべて野本らが考えたものであるとも供述しているが、所得税のほ脱事犯における故意は、ほ脱者において、内容虚偽の申告により所得税をほ脱することを認識していれば足り、ほ脱額やほ脱の具体的方法についてまで認識していることを要しないから、被告人の主張するとおりであったとしても、被告人は、本件においては、ほ脱額全額について故意犯としての責任を免れない。
以上より、被告人には、本件申告によって、所得税を免れる故意を有していたことが認められる。
(法令の適用)
被告人の判示所為は、平成七年法律第九一号による改正前の刑法(以下、これを刑法という。)六〇条、所得税法二三八条一項に該当するので、所定刑中懲役刑と罰金刑とを併科し、その所定刑期及び金額の範囲内で、被告人を懲役一年及び罰金五〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により、同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
(量刑の理由)
本件は、被告人が、同和団体の会長、会員らと共謀のうえ、自己の共有する不動産の譲渡等にかかる所得税の確定申告をなすにあたり、架空の譲渡費用を計上するなどの方法により、所得税二一〇〇万円を免れたという事案である。
本件においては、ほ脱額が多額でほ脱率も約四四・四パーセントと低くはなく、ほ脱の方法も、同和団体を経由してこれを隠れ蓑にしようとした悪質なものであるうえ、ほ脱の動機は、多額の譲渡所得にかかる所得税を少しでも納めないで済まそうとしたというものであって、酌量の余地に乏しい。また、被告人は、公判廷において、前記のとおり、同和団体を通じて確定申告をすれば減税されるものだと思っていた旨の不合理な弁解を行ってみるなど、十分に反省しているか疑わしく、その犯情は悪い。
被告人の刑事責任は決して軽視できない。
しかしながら、他方、本件の脱税の具体的な計画や確定申告等の手続は全て野本らが行っていること、被告人には、野本らの強引な勧めに押し切られて本件犯行に及んでしまった面があり、被告人自身が積極的に本件脱税を行おうとしたものとはいえないこと、既に平成四年度分の所得税についての修正申告を済ませ、ほ脱した所得税二一〇〇万円、修正申告に基づく加算税七三五万円、修正申告に基づく延滞税約七五〇万円の内一五四万一四〇〇円の納付を行っていること、被告人には、業務上過失傷害等による罰金前科の他には前科がないこと、被告人の妻が公判廷において被告人の今後の監督を約していること等、被告人にとって酌むべき事情もある。
そこで、これら有利不利な事情を総合考慮の上、被告人には社会内での更生の機会を与えることが相当であると判断し、懲役刑については、その執行を猶予することとした。
(求刑 懲役一年及び罰金七〇〇万円)
(裁判官 山下美和子)